創what?

詐欺カルトからの覚醒メソッドを主軸に、世の中に蔓延る「なんとなく受け入れているもの」に風穴を開けましょう。こちらは、膨大な量の刷り込みにより凝り固まった思考を解きほぐし、自分らしさを解放し自由に生きる為のブログ。

Xデー

 台風一過ですこぶる晴天。夏かよって感じの陽気です。衣替えしようと思ったけどダメだ、暑いwww

 今回は創価のXデーについて考察しようと思います。
 ブログや掲示板等で頻繁に見掛ける「Xデー」という言葉。大半の人がこれを、池田氏の状態の公表日と捉えているのだと思われます。
 世間では既に色々と言われていますね。もう亡くなっているのではとか、完全にhigh人になってしまっているのではとか。
 聖教新聞という名の機関誌(あれは新聞ではない)ではおかしな記事が多々見受けられる。どこぞの会館に休館日であるにも関わらずお忍びでピアノを弾きにきたとか(ごめんなさい、記憶が曖昧)、最近では写真付きで何かやってる記事が上がっていたそうですね。でも、捏造だとか言うのはやめましょうよ。
 あれがもし捏造なら大変なことです。まさかそんなことはないと思いたいですよね。
 先生はお元気です、でいいと個人的には思っています。今では本当に。

 ね。貫いて下さい。沢山の人が眼を光らせてますから。

 ともあれ、この点は本部の最高機密であることは誰が見ても分かる状態であるとは思いますが、熱狂的な信者さんは頑なに「お元気です」と言って憚らない。
 多分、その時は北朝鮮の金さんの時の、泣きじゃくる国民のような姿をテレビで拝見することになるのかも知れない。あれは引くぞな。
 
 ちょっとだけ、これについて思うことがあるんですよ。何て言うか、これをこのまま池田氏の寿命待ちみたいなことで済ませて良いのか。大本営発表みたいなもんをまんま受け入れて、それで良いのかなと。
 Xデーが来て何がどう変わるのか、その辺は運任せで良いのかしら。そもそもカルトを辞めた私達が何か期待するものでしょうか。
 連中は職業として宗教活動という名の労働を会員にさせて、ご飯食べてる訳だ。生活掛かってるのは誰も一緒な訳だ。自分だったらって考えればね。連中が何もせず指を咥えていることはしないだろう普通に考えても。

 いやね、だからといって個人で何が出来るかって考えても、大して上手いこと浮かばないんですけどね。
 仮に私達が、個人でなかったらどう動くだろうなんてことを考えていて。
 もしかしたら「Xデー」これって待っていて何か起きるものではないんじゃないかな、なんて。期待するようなものは起きないだろうと。週刊誌が飛ぶように売れることは想像してるけど。

 俯瞰して思考することで盲点が外れたある日、連中が一番恐れていることが見えた。今まで見えてたもんが違って見えた。まさに震えがきた。ここでは書けない。いや、話を勿体ぶってるのではなくて、俺スゲーじゃなくてさ。単純にビビって漏らしそうになったんだわ。思うこと沢山あるでしょう。これを読んで同感する人も少なくないと思ってます。
 今更ですけど、私達個人が連中と大袈裟に事を構えるにはあまりにも無力過ぎるんです。
 先手を打たれ過ぎてる。私達は過去にその手伝いまでさせられてきた訳です。悔しいよね。本当に悔しい。長年カルトとやりあってきた人達の無念を思うに、筆舌に尽くしがたい感情が沸き起こります。

 でも。それでもだ。もし今、目覚めて間もなく、怒りに震えておかしなことを考えている人がここにいるならどうか一人で悩まずに。ここでなくていいから、まずは今考えていることをどこかに、誰かに素直にぶちまけて、一旦落ち着こう。
 然るべきその時まで、脳ミソを磨いておこうぜよ。ぜよの使い方間違ったぜよ。

 仮に創価がXデーによってなくなったとしても、色々考えるとさほど嬉しくはない。姿形は変わっても、消える訳ではない。今はそう思うんです。

 あれ、Xデーとかどうでもよくなってる記事になったねwwwま、いいか。
 以上