創what?

詐欺カルトからの覚醒メソッドを主軸に、世の中に蔓延る「なんとなく受け入れているもの」に風穴を開けましょう。こちらは、膨大な量の刷り込みにより凝り固まった思考を解きほぐし、自分らしさを解放し自由に生きる為のブログ。

日曜日よりの使者

 最近、暗いな。文章が暗い。日曜日なのに。給料日も忘れてたしw
 このブログはさりげなく面白くしたいのに、このままじゃあかんな。ユーモアを大切にせねば。
 暫く引きこもって気楽に書こうと思う。アウトプットだ。有り難く頂戴しろよこのオカルト野郎。文句あるなら金払え(久しぶりにワルぶる)。ふー、高まるぅ。

 さて。私は昔から何でも人のせいにするくせがあった。カルトのせいじゃなくて、生来のもんだろうね。周りがそんな人間だらけで育ったから、それが当たり前になっていたんだね。
 そこはカルトに入っても変わらなかった。何故なら、連中もみんな周りのせいにするからだ。自分に原因がある、と口では言いながら、やれそれは宿業だ、それは魔だ、などと知ったかぶってはいつの間にか宇宙のシステムのせいだと言い張っている自分に気付けないのだ。人のせいが可愛く思える。
 これをホームラン級の馬鹿と呼ぶ以外、なんと呼べばいいのだろう。

 だが今は違うのさ。皆さんのお陰で学びを得た。自分のせいだと思える。もちろん人のせいにもする。そして、どちらのせいでもないってことも分かる。この世は空である。要はバランスだ。
 自分が変わらないと、気分も変わらないのよね。逆を言えば、気分が変われば元気にもなる。カルトにハマるとこんな当たり前にも気が付かないおバカになっちゃうのよ、やーね。
 
 むかしむかし、この国には八百万の神がいたそうで。
 この数、当時の人口の数という学説(と呼ぶのか?)があるそうで、言うなれば一人一人に神がついていた、若しくは人が神だったってことなんだろうか。素敵。
 西洋の神と日本の神ってのはそもそも概念が違って、色々と結び付いたり融合したりでメチャクチャなファンタジーになった経緯が(めっちゃ乱暴な説明だが)あるそうで。まあ、考え方としては悪くないよね。
 物には精霊や魂が宿っているとかさ。結果として物を大事にしようとか、感謝しようとか、そういった道徳心が刷り込まれる(養われる)から。
 ただ、やっぱりいけないなと思うのは、その思い込みの程度なんだと思うんだ。
「そんなことしたらバチが当たるぞ!」
「地獄に堕ちるぞ!」とかね。その辺りのタガが外れた時、何を起こすかわからない危険な奴になることもあるだろう。

 これってどう考えても脅し、脅迫の刷り込みじゃんか。でも、世間は普通にこれを軽く扱ってる風潮が見受けられると思う。外部の親ですら普通にこれをやる。危険だよ。

「ねぇママ、あの人なんで、変な動きしてるの?」
「○○ちゃんも、良い子にしてないとああなるんやで」

 耳を疑う。いわゆる「無知が罪になる」瞬間ってやつだ。最悪の選民意識だ。
 人には真っ当な学びが必要なんだと本気で思う。  

 ところで本部職員の皆さん、良い夢見れてますか。

 知らなかったでは済まされないこともあるよね。

 台風に注意しましょう。以上