創what?

詐欺カルトからの覚醒メソッドを主軸に、世の中に蔓延る「なんとなく受け入れているもの」に風穴を開けましょう。こちらは、膨大な量の刷り込みにより凝り固まった思考を解きほぐし、自分らしさを解放し自由に生きる為のブログ。

おもひで話・2

 「受持の対象には致しません」

 あの一文は衝撃でした。
 そこが根底から覆されたら、それが無くなったら一体何を信仰していたのかと。
 創価側はそれについて色々と言い訳をされていますけど、私にはもう頭に入りませんでした。
 そして「対話を求めて」ブログに出会い、管理人シニフィエ氏の「創価は詐欺」という言葉に納得したんですね。詐欺という言葉尻を捉えて色々と難癖をつける方々もおりますが、元々が単純バカな私にはもうそれで十分でした。
 ここで注意して頂きたいのは、覚醒が進むにつれ、創価は詐欺というロジックから先の見解が絶対に必要になってくることです。
 そういう人達がいるということです。それだけで納得いかないというか、別の理由で覚醒する人もいますし。

 ですから、単に「あそこはカルトで詐欺だよね」ここで思考することを終えてしまったら、単なるヤドカリと一緒で、別の宗教に鞍替えすんのかって話と同列な訳で。
 ただ、人によってはそれでいいんですよね。それで離れていけたら、アンチとしてはそれでいい。でもそれで終わらない人もいる。終わらせたいのに、それが上手くいかない人がいる。色んな立場、しがらみがあるから。終わりが来ない人もいる。
 今もきっと悩み苦しんでいる人が、どこかにきっといるんです。忘れられない痛みを抱えている人が。

 どうか、それを忘れないで頂きたいです。
 下らない個人のいざこざなんか、本当にどうでもいいではありませんか。もう一年くらいになりますか。
 無関係な人にはなんか面白いのかもしれないけど、何もかもを知ったら全然面白くない話だらけです。こちら側としては終わった話をいつまでもぶり返しては、一体何がしたいのかと思ってるんです。やめましょうと伝えたはずです。メールも一部公開していいと言いました。何でそれで終わらないのでしょうか。誰かがやめないからどこかの誰かが反撃した。そこが理解されていないようですが、こっちはダメでそっちはOKって理屈が知りたいです。
 私は、妻を貶める輩は絶対許さない。それこそ、なんも知らんで勝手なこといってんじゃねーよファッキンが、です。終始一貫して(最近使いすぎな言葉だな)それだけですよ。色々互いに譲れないんだから、それでおしまいではないですか。
 先日は虫の居所が悪く、とうとうぶちギレて書いてしまったことは謝罪致します。取り乱して申し訳ありませんでした。
 そして、悪く言う人は所詮ネットの関係なので、これからも無視します。訂正すべきはします。反省もしかりです。私も常に変化するので、皆さんも変わりましょうよ。目的を忘れないで欲しいです。

 あ、あとここのスレが5ちゃんに立ったんです。さっき言われて見に行ったんですよ。「偉そう」って書いてくれた方に謝りますw偉いわけないじゃんね。気張ってないと心やられちゃうんですよ。以後、文体には気を付けますので、あそこのスレではまともな議論をどうか宜しくお願いします。
 はい、いい人アピールは以上です。

 こちらから煽ることは誓ってありませんので、もうやめてよ~というか、勝手にしやがれ(沢田研二)です。

 解り合えた人も、そうでない人も。カルトだった過去は忘れてもいいから。どうか今も苦しんでいる人のことは忘れないで欲しいです。心の底からそう思っています。

 話を戻します。その後色々と調べていく中で、詐欺という言葉だけでは収まらない「金儲け」の実態やあれこれというものがありますが(その辺の話は他所のブログが秀逸ですね。ゼロ兄の所にでも行けと思うよ)、取っ掛かりとしての「詐欺である」は、疑いたくない者にとっては衝撃でありました。

 現在でも、対話に書き込まれる新参の脱会者の方々や脱会予備軍の方々の声の中に「シニフィエさんに教えてもらえなかったら私は……」といった論調が全然無くならないのも、この最後の砦というか、信仰心すらぶち壊す程の真実があるという何よりの証拠なんです。体験から確信に変わるロジックが、ここでも適用されているんですね。

 感じることだけが全て。感じたことが全て。
 抜けるのか、留まるのか。そのために何をすべきなのか。後はその一点。ここをぶれずに今後も書いていきたいです。以上