創what?

詐欺カルトからの覚醒メソッドを主軸に、世の中に蔓延る「なんとなく受け入れているもの」に風穴を開けましょう。こちらは、膨大な量の刷り込みにより凝り固まった思考を解きほぐし、自分らしさを解放し自由に生きる為のブログ。

感謝と共に独り言

 なんといいますか……今、変なモードに入ってましてねw(変性意識ではなく)

 長年連れ添った痺れと痛みがいとおしいって思う感覚といいますか、単純に感謝の気持ちなんですね。この麻痺がなかったら、覚醒してもここまで真剣になれなかったなぁと思って。認知科学なんていう頭が痛くなりそうなものにわざわざ手を出すこともなかったでしょう。

 これがカルトだったら、「功徳よ!」「変毒以薬よ!」「転重軽受よ!」「活動報告よ!」「今日の発心に出して貰いましょうよ!」ってなるのかなと思ったら吹き出しそうになった。
 違いますよ。そうじゃないんです。

 科学とカルト、どっちでも治ったかもしれないことを前提に書きますが、
 そんなものは、今この瞬間を認識出来ない我々人間という生き物が勝手に言うことであって、理を理として認識出来る人間が為せる業なのであって。神も仏も人間が定義付けしようとしたものじゃないか。
 わからないものはわからない。でもみんな生きてんじゃん、そんな風に楽に生きたって良いんじゃないの。押し付けは良くないって、単純にさ。今そんな感じ。

 痛みを痛みとして認識していたから、脳ミソがいつまでも誤作動を起こしていた。自分という宇宙の中で、情報世界のバグが物理世界に影響を与えた、と言えば分かりやすいでしょうか。なんか怪しい文章になってしまったなw

 信じてもらえないかもしれませんが、誤解を恐れずに言うと
「この世は幻のようなものである」
「だから苦しみも幻なんだよ」
「幻を相手に苦しむのはバカのやることだからやめなさい」
 え?釈迦が言っていた?そうです。知ってるならなぜそう理解しない?
 難解?奥深い?私がどう思おうが、誰が何を言おうが、そこに「それ」はあるし、ない。幻ってのは実体があるかないか確認出来ないから幻なんですよね。
 
 これを心の底から理解できた時、痛みが消えていたんです。
 私の脳内釈迦(どう呼んだらいいかわからないのでこう表現します)が言っていたのは、言葉じゃなくて体感だよって。体感って書くと誤解されそうだな。なんていうか……頭で感じろってことかな。
 体感を言葉にするのは並大抵のことじゃない。そういう作業が出来る人が「文豪」って呼ばれる。釈迦の弟子達はそれを理論体系化したかったようですが。

 ともあれ、道筋は人の数だけ存在します。
最後に、映画「マトリックス」の名台詞を書いて記事を仕舞います。

「スプーンなんてない」

 はい、暇な人はこの週末にどのシーンか探してみようw
 以上、釈迦原理主義者がお昼をお伝えします。