創what?

詐欺カルトからの覚醒メソッドを主軸に、世の中に蔓延る「なんとなく受け入れているもの」に風穴を開けましょう。こちらは、膨大な量の刷り込みにより凝り固まった思考を解きほぐし、自分らしさを解放し自由に生きる為のブログ。

それでいいのか

 私達は、弱い。弱くて、脆く、儚い。
 中島みゆきさんの曲の中に、こんな詞がある。
「柔らかな皮膚しかない理由は 人が人の痛みを知るためだ」

 何かにすがりたくなる気持ち。何かを拠り所にしたい気持ちは、人が人として生きていく為に残した心の働きだと思う。
 絶望して、硬い殻にとじ込もり、痛みさえ感じなくなっちまったら、人は人の形をした何かに変わっちまうんじゃないかな。
 私達はバカで、バカになっちまったりして、そんな風に作られたのは、それが人間らしさであって、それ自体が可能性の宝庫なんじゃないかな。

 私がカルトに怒りを覚えた日。それは同時に「自分だけじゃなかった」という安堵感と悔しさにひたすら涙した日。
 そこから立ち上がるのも、目を瞑るのもみんなの自由だ。
 そして私は何一つ、立派なことなんてしてこなったし、これからも大したことは出来ないかもしれない。
 だからって、何も残せないなんて絶対に嫌だ。泥臭くたっていい、がむしゃらに足掻いて、足掻きまくって、そうやって生きていくことを選んだのは自分だ。

 必死で頑張ってきた人達の思いを、骨の髄までしゃぶり尽くしてきた下劣な連中を、見て見ぬ振りなんて出来ない。そんな人達が沢山いたってことが、何よりの勇気だったんだよ。違うかい。

 対話ブログが削除されたってこと。これがどういうことなのか気がついて欲しい。どんな意味があるのかを考えて欲しい。問うのは理由じゃない。意味だ。

 誹謗中傷がよろしくないと言うのなら、シンパブログだって削除されるべき対象じゃないか。俺達は、反逆者、裏切り者と罵倒されているんだぞ。これを許せるか。返すもん返してくれるなら何言ったって構わんよ。それすら出来ないで何をこちらが言われる筋合いがあるんだよ。言われて当然のことをしているのは連中じゃないか。

 連中は、恐れている。そして、ざまみろと嘲笑している連中は、心の底では安堵している。

 自分達の居場所を壊されることを恐れるのは、善人も悪人も、誰だって同じだ。もし、違うってんなら、お前らは人間じゃないってことだ。じゃあ何かって?

 奴隷だよ。支配されたがっている奴隷の考えだ。そんなもんを押し付けるんじゃねえよ。

 私達は消せないぞ。吐いたツバは飲まねえ。

以上。