創what?

詐欺カルトからの覚醒メソッドを主軸に、世の中に蔓延る「なんとなく受け入れているもの」に風穴を開けましょう。こちらは、膨大な量の刷り込みにより凝り固まった思考を解きほぐし、自分らしさを解放し自由に生きる為のブログ。

騙しの発生源・2

 騙すという行為について、もう少し掘り下げようと思います。まず、騙しの最大のポイントを理解しましょう。それは、騙す側が騙していることを気づかれないようにすること。  

 この説明には宗教が一番わかりやすい例かと思います。現世利益を約束しているような宗教や、超能力者を教祖としている宗教の信者達を見れば解る通り。彼らが騙されていることに気づかないよう、心理的誘導を行っているのがその団体の活動であったり修行であったり、ということです。  

 情報的な視点から見ると、たとえばコーチングや自己啓発セミナー等と同様、教祖やセミナー開催者が「あなたは絶対に成功する!」と強く断言してくれることで、それを信者(お客様)が強く確信することによって実際に成功するという現象が、全員でないにせよ起きることがあります。要するに、徹底してポジティブなことを言ってくれるのであれば、その宗教の教義の真偽はどうでもよく、神様の有無も優劣(私には意味不明な優劣)も問わず、その宗教のおかげで成功できるという現象が起きるのです。覚醒が長引いてしまった人にこの理屈を説明すると、よく理解してくれることがありますね。

  わかりやすく言えば、教祖によるエールがエフィカシー(自己のゴール達成についての自己評価)を上げる役割を果たしているのです(笑)。この場合、自分でなく他者に影響を受けているのですが、この際どちらでもいいでしょう。ちなみに釈迦は自力も他力もイコールだと言っています。この話はまた後で。

 

 身体的な視点から見ると、人間の身体はそもそも情報によってコントロールされているので、誰かに「治る」と言われてそれを当人が固く信じたなら、本当に病気が治ってしまうといったものです。なんたらかんたら効果、ですね。絶対的に確信することによって、本当に治ってしまったという事例は数多くあるそうで、厳密には治るというよりは治る確率が上がると言った方が正しいと思いますが、当人が完全にその宗教を信じきっているなら、教祖が「あなたは治る!」と断言し、その自己イメージをあなたが受け入れたなら、治る可能性が高くなるということです。それとは逆に現代の医療現場では、「あなたは治ります」ではなく「あなたの死ぬ確率は何%ですよ」と逆のことを伝えてしまったりするので、本来なら治る可能性があったものも治らなくなるという現象も起きているようです。

  ここでもう一度考えてみましょう。逆の視点から見るならば、私達はどのような教祖なら信じたくなるのでしょうか。信じやすくなるのでしょうか。

 それは、自分で自分のことを純粋に信じきっている人、つまり、「騙すつもりのない人」という結論が導かれます。神を見たことがないにもかかわらず「神はいる」と断言できたり「疑うとバチが当たる」と思慮深さのカケラもなく他人に言ったりする、思い込みの極めて深い人でなければ不可能なんです。中には「神を見た」と嘘をついている教祖もいます。しかし、嘘をついている教祖と、本心から「神を見た」と信じ込んでいる教祖とでは、雲泥の差があります。嘘つき教祖は、純粋に信じ込んでいる教祖の足元にも及びません。自分等の教義を狂信的なまでに、純粋に信じ込んでいる人が教祖になった場合、良識のある人にはとても言えないようなことも言えるようになるのです。

この御本尊に題目を上げて祈ればたちまち願いが叶いますよ」ふつうの人にはなかなかこういうことは言えませんし、言おうと思ってもやましさを感じてしまい、そのやましさは相手に伝わってしまいます。ところが純粋に信じ込んでいる人は、いとも平然とこういったことを断言できるのです。

 一番人を騙すことができるのは、騙すつもりのない人。もともと人を騙してやろうという意識のある人間は、純粋に信じ込んでいる人達には敵わないんです。騙すつもりのない騙しこそが、最強にして究極の騙しの形ということです。

 くそっ、柄にもなく涙が出てきました。わかりますかね。何が言いたいかわかりますか。

 創価学会などでは、組織化を謀ることで、この究極の騙し問題を解決してきたということですよ。心の底から信じ切っている、末端の役職の人達にまで一切の無駄な活動を、私利私欲の為にやらせてきたんですよ。そうやって搾取してきたんです。人の夢や希望を食い物にしてきたんです。

 トップならびにプロの職員は、誰も仏の教えなど信じちゃいないんです。信じていたら、こんなことは出来ない。

 

 だから私は許せないんです。認めちゃならねえんです。以上。