創what?

詐欺カルトからの覚醒メソッドを主軸に、世の中に蔓延る「なんとなく受け入れているもの」に風穴を開けましょう。こちらは、膨大な量の刷り込みにより凝り固まった思考を解きほぐし、自分らしさを解放し自由に生きる為のブログ。

ゴールはたくさんあっていい

 よく勘違いする人がいる。私もそうだったけど、全部嘘法で疑問点を洗っていくと見えることがある。

 先日書いた、終着点を現状の外側の高い所へ設定するという話。これでよく陥る思考が、向かう先は一つ、という勘違いをしてはいないか、ということと、したいことが、しなければならない、に変わってしまうことだ。これは一番良くない。

 人には色んな顔、側面がある。仕事人の顔、遊び人(言い方悪いなw)の顔、友人の顔、親の顔、子の顔といった、様々なシーンでの顔。その数は人によりけりだが、大事なことは、それぞれの顔にそれなりの目標を持つことだ。バランスだ。このバランスが悪いと、せっかく仕事人として成功したのに、そのせいで一家離散に、なんていう結末を迎えることにもなりかねない。そうでしょ。

 だからこそ、現状の外に設けるゴールは、それぞれのゴールを内包するような、抽象度の高い大きなゴールがいいと思う。

 例えばそのゴールがね、この私が、メジャーリーガーになる、なんていうちんけな目標だったら(別に何でも構わないけど)何を犠牲に、何をしなければならないかを考えたら、絶対に脳が盲点に阻まれて道が解らなくなるに決まっているし、妻と子供に手を振られるに違いないのだ。あたし、冒険者になるぅ!でも結果は同じだ。

 もう解りますよね。職業なんてもんじゃないんだよ。そうではなく、飢餓で苦しむ子供を助けたいとか、カルト被害を撲滅したいとか、そういう高い抽象度のゴールを目標に据えたらいいよ、という話だ。

 その為に今出来ること、これから出来そうなこと、これは絶対にしたいこと、みたいに、そんな感じで思考が働くでしょう。

 何より一番まずいのは、しなければならない、と考えてしまう事だ。洗脳された人に多いのがこの思考だと思う。ぶっちゃけると、やらなくちゃいけないことなんて無いんだ。

 自分が心から「したいこと」をする。これが理想であり、ある意味究極の目標ではないかな。幸せを定義出来ないように、この「したいこと」は絶対に定義出来ないでしょ。人によって様々あるのだから。

 そんなこといっても、世の中やらなくちゃいけない事はあるだろうと言う人がいる。それはその通り。なに?矛盾してる?いいえ、していません。

 考えてみて。あなたがやらなくちゃいけないと思っている事は、「やらなくちゃいけない」って思わなければ、本当に出来ないようなレベルの話なのかと。いちいち、そんな風に思わなければ何にも出来ませんか?それは、やりたくない事をやろうと思うから、やらねばならないと、そう考えてしまうのでは?。あなたが、前を向こうとする思いが、自分の他に誰がやる、という思いがそうさせているのでは。

 でも難しく考えたらいけない。こんなことは簡単なんだ。甘えるな、だよ。そんな嫌な思いがしたときには、何も考えずにさっさとこなせ。嫌だなどと考えている時間が無駄だと思うことさ。だらだらと嫌な思いを続けるくらいなら、黙ってやれよ。集中してさっさと終わらせてしまえ。これはあなたが道を進む上で、必要な作業だ。水溜まりのせいで、服が汚れる、なんてことは考えるな。びしょ濡れになってもたどり着きたい場所があるのなら、そんな水溜まりは一気に突っ走ればいいじゃないか。

 祈れば叶うとか、疑ったら地獄行きだとか、インチキを信じてきた代償はでかい。あなたはそうやって、あなた本来の強さを奪われてきたのだ。

 強くなろう。汚れたら、洗えば良いのだ。