創what?

詐欺カルトからの覚醒メソッドを主軸に、世の中に蔓延る「なんとなく受け入れているもの」に風穴を開けましょう。こちらは、膨大な量の刷り込みにより凝り固まった思考を解きほぐし、自分らしさを解放し自由に生きる為のブログ。

罰について

 ラザリスさんからお題を頂いたので書きます。仏罰とか天罰とか、そんなものが本当にあるかどうか、というお話。

 これは、その人の立場や臨場感によって変わります。はい、おしまい。

 

ってwwwどういう事かというと、あると思う人にはあるし、無いと思う人には無い、ということになります。え?そんなの納得いかない?

 以前に私が書いた重要度の話を思い出して下さい。人は重要と認識したものしか認知出来ない(心理的盲点)ことは科学的に証明されています。

 洗脳が解けた人が、いくら

「罰なんて無いよ」と言っても、カルト信者は

「いいや、そんなことはない!今に見ていろ、お前には絶対に罰が当たる!」と言って猫まっしぐらの如く、胸踊らせてしまうのです。可哀想ですが、これは仕方ないことです。その人の中の絶対的な価値観が壊れない限りは。

 私の紹介者も以前はこんな感じでしたが、今では覚醒して「韓国北朝鮮を滅ぼせ!」って感じになってます。会話になりません。いずれにせよ悲しいことです。覚醒って、別の夢を見ることじゃないのに

 例えば、本気で幽霊が見える人には見えているってこと。いるかいないかの話じゃないのですよ。

 

 カルトを辞めた人で、胆石になった方がいます。素晴らしいです。いや、胆石になったことが、ではありません(笑)洗脳が解けていなければ、人には言えないことになるからです。

 冷静に考えてみましょう。カルトを辞めて2ヶ月程度で胆石が出来る訳がなく、その兆候はカルト洗脳時代に起きていたことになります。辞めたことで今後、活動しないで済むからすぐに治療に取り掛かることが出来たのです。解りますか。「こんなときこそ、祈りだ!」なんて思っていたら、手遅れになったかもしれないのです

 こうやって冷静に考えれば解ることなのに、カルト信者は「それ見たことか!罰が当たったんだ!」となります。

 無いものを「ある」と認識したら「変化」が現れるのは、恒常性維持機能(忘れて良いよ)といって、暑いと汗をかくのと同じ原理。ヤカンに熱湯が入っていると思い込んでいる人が、その熱くないヤカンを触ったら水ぶくれが出来たなんていう話もある訳で。

 なんてことのない出来事ですら、重要度や臨場感が高ければ、罰だの功徳だのと意味があるものとして捉えてしまう。例えそれが、間違った認識であったとしても。

「罰が当たるぞ」という人にはこう言いましょう。

「信じているあなたには当たるけど、信じていない私には当たらないんですよ、これが」と。