創what?

詐欺カルトからの覚醒メソッドを主軸に、世の中に蔓延る「なんとなく受け入れているもの」に風穴を開けましょう。こちらは、膨大な量の刷り込みにより凝り固まった思考を解きほぐし、自分らしさを解放し自由に生きる為のブログ。

盲点と抽象度について

 心理的死角については前回述べました。角度を変えて見る、すなわち立場を変えることにより、その物事に対し(一方的な見解)を無くそうというやり方でしたが、今回は心理的盲点について。

 盲点とはその名の通り「見えない箇所」なのですが、これは死角とは違い、いくら角度を変えても見えないから「盲点」なんです。ここでは物理的な盲点に対し、心理的盲点と呼ぶこととします。

 分かりやすく、カルト詐欺からの覚醒シーンで説明すると、例えば、自分が信仰している宗教や宗教団体に対する疑問や違和感の正体を突き止めようとしているAさんがいるとします。

 ライアー君の心理的死角を読んだAさんは、その信仰の教義や体験談等を、信じる立場から疑う立場へ、勇気を振り絞って角度を変えて考えてみることにしました。すると、他の宗教でも似たような体験があったり、似たような教えがあることに気がつきます。やがて他の宗教の素晴らしさに感化されたAさんは、別の宗教団体へと入ることにしましたとさ。

 はい、皆さんは気が付きましたか。極アンチの方は気が付いたと思います。Aさんが大事な部分を見落としてしまっていることに。

 この場合、盲点となっている部分は、自分が所属している団体が宗教団体であるという認識で物事を捉えていて、まさかそれが宗教ですらなかった、なんていう発想には、この場合は絶対に行き着けないのです。

 心理的盲点の外し方はつまり、抽象度を上げた物の見方にあります。抽象度というのは視点の高さであり、例えば私は人間であるという視点から考えたり、哺乳類であるという視点や、はたまた動物である、生物である、という感じで高ければ高いほど多くの物事を内包するし、低ければ低い程に、犬の大作や猫のカネコといった違いのように、個に関する情報量が増えるという理論です。各々の抽象度に合った話が出来ないと「あいつとは話が合わない」とか「訳の解らない奴」なんて言われたりしますので高すぎにも注意が必要ですが。

 Aさんの場合、宗教とは、宗教団体とは、団体とは、という視点を上げて追求することでしか本質に気がつけません。カルトとは洗脳を使って教団にとって都合のいい教えを植え付け人を騙し、死ぬまで金と労力を搾取する詐欺なので、心の安寧を求める宗教とは本質を異とする、という認識をいつまでも持てないままなのです。騙されていたことに気がつけた人は一発で理解出来る(自分の情報と合致するから)けれど、信じきっている人はそもそも死角にすら気がつけません。やめた奴が勝手なことを言ってひがんでいるようにしか見えなくなっているんですね。躍起になって自ら盲点を作りまくっているのです。

 

 それと、騙されたと言って腹を立てる立場からいつまでも抜け出せない人を見るたびに、私は悲しくなります。それを覚醒とは呼べないと思います。「あなたは、いつまでそこでいるの。そこで良いの?」と言いたくなります。

 抽象度を上げれば、世の中もっと許せないことなんか沢山あるのですよ。自分だけじゃない。だからまずは自分の周りからやれることを始めようってのが道理だと思うんです。

 抽象度を上げていけば、より広い視点で物事を俯瞰することが出来ます。これは人間に与えられた最強の能力です。だってこれ、突き詰めたら神様すら作っちゃった能力なんだから。上手に使って楽しく生きようよ、と思う訳です。