創what?

詐欺カルトからの覚醒メソッドを主軸に、世の中に蔓延る「なんとなく受け入れているもの」に風穴を開けましょう。こちらは、膨大な量の刷り込みにより凝り固まった思考を解きほぐし、自分らしさを解放し自由に生きる為のブログ。

被害者意識について

 現行の刑法典には、当たり前だが共犯についての記述がある。共犯の定義については、一個の犯罪に対して二人以上の人間が関与した場合を差すわけだが、一般にはここまでしか知らない人が多いと個人的に感じている。

 共犯には共同正犯、教唆犯、従犯の三種類がある。二人以上の者が共同して犯罪を実行した場合は全員が正犯として処罰される。自ら犯罪の実行行為をせず、他人に一定の犯罪実行の決意をさせたものを教唆犯(きょうさはん)といい、正犯に準じて処罰される。そして正犯の犯罪実行を容易ならしめる(幇助)、いわばサポート役をしたものは従犯として処罰される。

 

 カルト詐欺から抜け出した人や、マルチまがい商法等から足を洗った人達の中で一定数が陥る心の不安、つまり罪悪感というものをどうしたらいいのかを考えていたら、共犯の条文がふと思い浮かびました。

 元信者の中には活動家だった頃の行為を犯罪行為として認知していて、今もその過去を引きずりながら生きている方が沢山います。私も例外ではなく、六年間の活動家生活の中での行動に後悔と罪悪感を感じています。

 一体どれが共同正犯で教唆犯で従犯だったのかを分析するのにはあまりにも様々な活動があったために、分析する事自体ナンセンスだと感じました。まあ、シンプルに考えれば私達は被害者なんです。活動に加担してしまったことを責める人がいますが、百歩譲って従犯です(笑)。教唆されてやったことなのですから、従犯の刑は正犯の刑を減刑される。又は免除ですねこんなもんは。まあ、犯罪でないことを当てはめるのも理屈に合わないのですが。

  今後、犯罪とされたときにどれ程の規模で加害者が出るのか。これを興味もって待ちたいです(笑)

 ともかく二度と騙されない為に、そしてこのような被害者を出さない為に声を上げ続ける努力が、私のせめてもの贖罪だと考えています。それを慰めだと言われたら返す言葉はないけれど。

私は、傍観者にはなれない。それだけのこと。